相続放棄で後悔しないために――“触らない・調べる・相談する”が鉄則

相続=プラスだけではない

相続というと、「家や預金をもらえる」と考える人が多いでしょう。
しかし実際は、借金や税金といった“マイナスの財産”も一緒に引き継ぐ行為です。

なかには「古い家なんていらない」「借金付きの土地なんて困る」と思う人も多く、
そうしたときに選択肢となるのが「相続放棄」。
つまり、相続そのものを拒否するという方法です。

ただし相続放棄は、「プラスだけもらう」「借金だけ放棄」といった都合のいい選び方はできません。
もらうか、全部断るか──そのどちらかしかないのです。

 

相続放棄とは? 

相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)の財産を一切相続しない、と家庭裁判所に申述する手続きです。
これは法律上、すべての財産をまとめて放棄することを意味します。

「この家はいらないけど預金は欲しい」といった“選り好み”はできません。
すべてを相続するか、すべてを放棄するか。
たとえ古家や借金があっても、それらをまとめてどうするかを選ぶのが相続放棄の仕組みです。

放棄をすると、名義人がいなくなった財産は最終的に国に帰属します。
「国庫帰属」という形で管理されるため、誰かが勝手に売却したり使ったりすることはできません。

 

相続放棄の正しい手順

相続放棄を行うには、家庭裁判所に申請して「相続しません」と正式に申し出る必要があります。
流れは次の通りです。

 

はじめに.相続開始を知る

相続放棄のカウントは、「被相続人(亡くなった人)の死亡を知った日」から始まります。
ここから3ヵ月以内に申述しなければなりません。

 

1.財産状況を調べる

放棄をするかどうか判断するため、まずは遺産の全体像を把握します。

調べるポイント
・預貯金(通帳、銀行照会)
・借金(金融機関・カードローン・保証債務など)
・不動産(登記簿謄本・固定資産税通知書)
・株式・保険・車などの資産
・滞納税や公共料金、リース契約などの債務

 

2.家庭裁判所に申述書を提出する

放棄の意思が固まったら、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に「相続放棄の申述書」を提出します。

必要書類
・相続放棄の申述書
・被相続人の住民票除票または戸籍の附票
・申述人(放棄する人)の戸籍謄本
・収入印紙800円分(1人あたり)
・郵便切手(裁判所ごとに金額が異なる)

※書式は裁判所HPからダウンロードできます。

 

3.家庭裁判所から届いた照会書に返送する

申述書を提出すると、裁判所から「照会書」が届きます。
これは、放棄の意思が本当に本人の意思かを確認するための質問書です。

 

4.相続放棄申述受理通知書が届く

裁判所が放棄を認めると、「相続放棄申述受理通知書」が送られてきます。
これで正式に相続放棄が成立です。

※ここまで終わると、法律上「最初から相続人ではなかった」扱いになります。

 

5.他の相続人や債権者へ通知する

放棄が成立したら、他の相続人や債権者に知らせましょう。

・他の相続人 → 相続順位が次の人に移ります
・借金の債権者 → 放棄の証明として通知書を提示

※ 放棄したからといって、自動的に債権者に通知されるわけではありません。自分で送る必要があります。

 

6.(必要に応じて)相続財産管理人の選任申立て

相続人全員が放棄した場合、相続財産管理人を家庭裁判所に申立てる必要があります。
この人が、遺産の清算や売却を代行してくれます。

 

相続放棄の申請をする期限 

相続放棄は、被相続人の死亡を知った日から3ヵ月以内に行わなければなりません。
「お葬式」「初七日」「手続き」などで慌ただしくしている間に、あっという間に過ぎてしまう期間です。

「あとで考えればいい」「落ち着いたらやろう」──そう思っているうちに、期限が切れてしまうケースが多発しています。
3ヵ月を過ぎると“単純承認”となり、自動的にすべての財産を相続したとみなされます。

 

相続放棄後に起こるトラブル

「放棄したのに固定資産税の請求が届いた」
「誰も住んでいない家なのに税金を払えと言われた」

このようなトラブルを聞くことがあります。
原因は、放棄したにもかかわらず“実際の行動”が放棄に反しているためです。

例えば、放棄した家に住み続ける、倉庫代わりに使う、家具を置いたままにする――
これらは「実質的に所有している」とみなされ、固定資産税などが請求されるケースがあります。

放棄をするなら、一切の使用・出入り・保管行為をやめることが重要です。

 

相続放棄が無効になるNG行動

相続放棄では、「もらってもだめ・払ってもだめ」が鉄則です。
以下の行動をすると、放棄が無効になります。

・亡くなった人の預金を下ろす
・家の解体・リフォーム・増改築を行う
・家財・家電・家具を処分する
・賃貸契約を勝手に解約する
・借金を被相続人の口座から支払う
・税金の還付金を受け取る
・スマホやクレジットカードの解約をする

これらの行為はすべて「相続を受け入れた」と見なされるリスクがあります。
特に、クレジットカードやスマホの解約など「善意のつもり」でやってしまう行為が危険です。

放棄が確定するまでは、財産に一切手をつけないことが重要です

 

相続放棄の取り消しはできない

相続放棄は、一度受理されると取り消しができません。放棄した時点で、すべての権利は消滅します。

「放棄したあとに預金や有価証券が見つかった」
「土地に価値があったと分かった」
そんな場合でも、もう手遅れです。

相続放棄の判断は非常に重いもの。
だからこそ、放棄する前に財産の全体像を把握しておくことが大切です。

 

見落としがちなポイント

「古い家だから価値がない」と思って放棄してしまう人も少なくありません。
しかし実際には、解体・整地すれば土地として売れるケースも多いのです。

固定資産税評価額だけを見ると安く感じますが、市場価格とは大きく乖離していることがよくあります。

「査定を取ってみたら意外と高く売れた」
「古家を解体して更地にしたら、思ったよりいい値段で売れた」
――そんなケースもあります。

不動産の査定をして、“放棄する価値が本当にないか”を確認すること
これが後悔しないための最初のステップです。

 

相続放棄に失敗しないために

日本では、財産や相続の話を“縁起が悪い”と避けがちです。
しかし、親が元気なうちに財産内容を確認しておくことで、失敗を防止できます。

遺言書やエンディングノートを作ってもらうだけでも、相続放棄の判断がしやすくなります。
また、財産を把握することで“放棄すべきか・相続すべきか”を冷静に選べます。

日本では財産の話を避けがちなので、ニュースの話や友達の事例などをきっかけに日常会話の中でうまく切り出せるといいですね。

 

まとめ:放棄する前に“触らない・調べる・相談する”

相続放棄は、「期限がある」「戻せない」「触ったらアウト」という3つのリスクを持つ重要な手続きです。
わずか3ヵ月という短い期間の中で、財産の全体像を把握し、放棄か承継かを冷静に判断しなければなりません。

そのためにも、次の3つを意識してください。

  1. 触らない:放棄を決めるまでは財産に手を出さない
  2. 調べる:不動産や預金などの資産価値を早めに確認する
  3. 相談する:司法書士・弁護士など専門家へ早めに相談する

特に不動産が絡む相続放棄は、法律と実務の両面を理解していないと判断を誤るリスクがあります。
早い段階で専門家に相談することで、手続きミスや“うっかり相続”を防げます。

「古家だから」「田舎の土地だから」と決めつけず、
まずは不動産会社に査定を依頼し、放棄する前に価値をしっかり確認しましょう。

相続放棄とは、“財産を捨てる”決断ではなく、“家族を守る”ための選択です。