
「老後は家を持たず、売却して賃貸住宅で身軽に暮らした方がいい」
最近、YouTubeやインターネットの記事で、このような意見を目にする機会が増えました。
持ち家を売却してまとまった資金を確保し、駅前の便利なマンションなどに住み替える。庭の手入れや建物の修繕から解放され、必要に応じて自由に引っ越せる生活は、確かに魅力的に見えます。
しかし、老後の住まいを考えるうえで、「賃貸なら身軽で安心」「持ち家は負担が大きい」と単純に判断するのは危険です。
そこで今回は、賃貸と持ち家のそれぞれのリスクについて解説します。
老後の賃貸には見落とされやすいリスクがある

多くの人は、「家賃を支払えるお金さえあれば、何歳になっても賃貸住宅を借りられる」と考えています。ところが、実際の賃貸市場では、年齢が上がるほど入居審査が厳しくなることがあり、十分な預貯金や年金収入があったとしても、希望する物件を自由に借りられるとは限りません。
高齢者の入居に対して、貸主が慎重になる主な理由は、次の3つです。
孤独死への不安
高齢者が一人暮らしをしている場合、室内で亡くなった後、発見までに時間がかかる可能性があります。発見が遅れれば、特殊清掃や室内の改修が必要になることもあります。また、告知が必要な物件となり、次の入居者が決まりにくくなったり、家賃を下げなければならなくなったりする可能性もあります。
貸主からすると、これは大きな金銭的負担につながるリスクです。
家賃滞納への不安
高齢になると、病気や認知機能の低下などによって、預金口座や支払いを自分で管理することが難しくなる場合があります。また、日本では借主の居住権が法律上強く保護されているため、家賃の滞納が発生しても、貸主がすぐに退去を求められるわけではありません。
貸主にとっては、家賃が入らない状態が続く可能性もあるため、入居審査を慎重に行わざるを得ないのです。
保証人や緊急連絡先の問題
賃貸契約では、連帯保証人や家賃保証会社の利用を求められるのが一般的です。しかし、近くに頼れる家族がいない場合や、緊急時に対応できる親族がいない場合は、保証会社の審査も含めて契約が難しくなることがあります。
貸主が高齢者を嫌っているという単純な話ではありません。孤独死、家賃滞納、緊急時の対応といった問題を、貸主だけで負担しなければならない現在の仕組みにも原因があります。
今の賃貸住宅に住み続けられるとは限らない
一度賃貸住宅に入居できたとしても、将来にわたって同じ条件で住み続けられるとは限りません。
建物の老朽化による建て替えや取り壊しが行われることもあれば、契約更新の際に家賃の増額を求められる可能性もあります。もちろん、退去や家賃の増額には、法律上の条件や手続きがあるため、貸主の一方的な都合だけで、借主を簡単に退去させられるわけではありません。それでも、建物の状況や賃貸条件が変わったとき、別の住宅を探さなければならない可能性は残ります。そのとき70代、80代になっていれば、次の物件がすぐに見つかるとは限りません。賃貸の大きなリスクは、住まいの条件を自分だけでは決められないことにあります。
持ち家にも3つの負担がある

一方で、持ち家なら無条件に安心というわけでもありません。持ち家にも、老後に重くなりやすい負担があります。
修繕費の負担
屋根や外壁、給湯器、水道管、浴室など、住宅は時間の経過とともに劣化します。賃貸住宅であれば、設備の故障や建物の修繕は、原則として貸主や管理会社が対応します。しかし、持ち家の場合は、修繕の手配も費用の負担も基本的には所有者自身が行わなければなりません。屋根や外壁の工事では、一度に100万円単位の費用が必要になることもあります。
体力的な負担
2階建て住宅では、年齢を重ねるにつれて階段の上り下りが負担になります。庭木の剪定や草むしり、住宅内外の掃除も、体力が低下すると簡単ではありません。また、古い住宅では浴室や脱衣所が寒く、段差が多いケースもあります。ヒートショックや転倒など、家の中での事故にも注意が必要です。
固定資産税の負担
持ち家には、原則として毎年固定資産税がかかります。住宅ローンを完済しても、税金や火災保険料、修繕費などの維持費がゼロになるわけではありません。相続した実家や空き家についても、所有している限りは維持管理費が発生します。
つまり、「賃貸は家賃がかかる」「持ち家は維持費がかかる」という違いがあり、どちらにも一定の負担はあります。
大きな違いは、自分で対策できるかどうか
賃貸と持ち家の違いは、負担の有無だけではありません。重要なのは、そのリスクを自分でコントロールできるかどうかです。
賃貸住宅では、家賃や契約条件、建物の建て替え、入居審査などを、自分一人の意思で決めることはできません。貸主や管理会社、保証会社など、相手側の判断に影響されます。一方、持ち家の修繕や住み替えについては、早めに準備すれば、ある程度自分で選択できます。将来の修繕費を積み立てる、元気なうちにバリアフリー工事をする、1階だけで生活できる間取りに変更する、管理しやすい小さな住宅へ住み替えるといった対策が考えられます。持ち家の負担はなくせませんが、準備によって小さくすることは可能です。
持ち家には「売却できる」という出口がある

老後の持ち家には、もう一つ重要な意味があります。それは、必要になったときに売却して、まとまった資金へ換えられる可能性があることです。
例えば、毎月10万円の家賃を30年間支払えば、単純計算で総額は3,600万円です。30年間住む場所を確保するために必要な費用ではありますが、退去後に住宅という資産が残るわけではありません。
一方、持ち家は、住宅ローンを完済していれば毎月の家賃は発生しません。固定資産税や修繕費は必要ですが、介護施設への入居費用や医療費など、まとまった資金が必要になったときには、売却して現金化できる可能性があります。自宅の売却で利益が出た場合には、一定の要件を満たせば、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例もあります。また、条件は限られますが、自宅を担保にして資金を借り、死亡後などに自宅を売却して返済するリバースモーゲージという仕組みもあります。
ただし、どの住宅でも希望額で売却できるわけではありません。立地や建物の状態によっては、買い手が見つかりにくいケースもあります。リバースモーゲージについても、対象地域や物件、年齢、資金の使い道などに条件があるため、利用前の確認が必要です。
老後の住まいのために今からできる3つのこと
老後の住まいを不安だけで終わらせないために、まず次の3つを始めてみてください。
自宅や実家の相場を知る
不動産ポータルサイトで、同じ地域にある似た物件が、いくらで売り出されているか確認してみましょう。ただし、掲載価格は実際に売れた価格ではありません。売主の希望額が反映され、相場より高く設定されていることもあります。正確な価値を確認したい場合は、不動産会社の査定や成約事例も参考にする必要があります。まずは大まかな金額でも、自宅がどの程度の資産になるのかを把握することが重要です。
家族で将来の使い道を話し合う
自宅や実家を将来売却するのか、リフォームして誰かが住むのか、介護施設への入居費用に充てるのか。親が元気なうちに方向性を話し合っておけば、急な病気や相続が発生したときの混乱を減らせます。
修繕費専用の口座を作る
生活費や通常の預貯金とは別に、住宅の修繕専用口座を一つ作る方法も有効です。毎月5,000円なら年間6万円、1万円なら年間12万円です。10年間続ければ、60万円から120万円になります。大規模修繕の全額を賄えなくても、給湯器や水回りなどの突然の故障に備えられます。結果的に使わなかった場合も、そのまま老後資金として残ります。
おわりに
老後の住まいは、持ち家と賃貸のどちらか一方が、すべての人にとって正解という話ではありません。
建物が著しく老朽化している、管理が難しい、立地が悪く売却が困難といった場合には、早めに持ち家を手放す方がよいケースもあります。反対に、住宅ローンを完済し、生活しやすい場所にある持ち家を、深く考えずに売却してしまうと、将来賃貸住宅を借りにくくなったときに後悔する可能性があります。
大切なのは、「賃貸の方が気楽そう」「持ち家なら安心」とイメージだけで決めないことです。自宅の価値、建物の状態、修繕費、家賃負担、年金収入、家族構成、将来の介護まで整理したうえで判断する必要があります。自分で準備できることは、元気なうちに準備する。そして、いざというときには、持ち家を売却して資金に換える選択肢も残しておく。
住まいの将来を自分で選べる状態をつくっておくことが、老後の安心につながるのではないでしょうか。
