
「親が認知症になったら、預金が使えなくなる」
「実家も売れなくなるらしい」
そんな話を聞いても、どこか他人事のように感じてしまう方は少なくありません。
しかしこれは、特別な家庭だけに起きている話ではなく、今この瞬間にも多くの家族が直面している現実です。
しかも厄介なのは、悪意や不正があるわけでもなく、家族が“親のためを思って”動こうとした結果として起きている、という点にあります。
そこで今回は、
・なぜ認知症になると資産が動かせなくなるのか
・その状態をどうすれば打開できるのか
そして、もっと早い段階でできる現実的な備えについて、実際の事例を交えながら整理していきます。
なぜ今「認知症による資産凍結」が増えているのか

この問題が目立つようになった最大の理由は、高齢化と医療の進歩です。
以前は、認知症を発症すると比較的短期間で亡くなるケースが多く、「判断能力を失ったまま長期間生きる」という状況は、今ほど一般的ではありませんでした。
ところが現在は、認知症になっても何年、場合によっては10年以上生活が続くことも珍しくありません。
つまり、判断能力が十分でない状態で生き続ける期間が長くなっているということです。
この期間中、本人名義の預金や不動産は原則として自由に動かせません。
その結果、介護や施設入居にお金が必要なのに、使える資産が凍結される、という矛盾した状況が生まれています。
認知症は80代だけの話ではない|数字で見る現実

「まだ80代じゃないから大丈夫」
そう思っている方ほど、この問題から距離を感じがちです。
しかし、認知症は80代だけの話ではありません。
65歳以上では、およそ6人に1人が認知症になると言われています。
80代では約2割、90代になると半数以上に達します。
平均寿命と認知症の発症年齢はほぼ重なっており、「長生きしている=安心」というわけではないのが現実です。
特に影響を受けやすいのは、50代から60代の子世代です。
自分たちの住宅ローンや教育費、生活費を抱えながら、突然、親の介護と資金問題が重なってきます。
認知症になると預金が下ろせない理由

認知症と診断されると、親の預金は事実上凍結されます。
この点に強い違和感を覚える方は多いでしょう。
ただ、銀行が引き出しを拒否するのは、冷たい対応だからではありません。
銀行取引の大原則は「本人確認」であり、本人の意思確認ができない取引は認められていないからです。
たとえ通帳や印鑑を持っていても、暗証番号を知っていても、家族であっても、本人確認ができなければ引き出しはできません。
これは、万が一の不正や財産の横取りを防ぐための仕組みであり、制度としては非常に合理的です。
一方で、現場では「親のために使いたいのに使えない」という、家族にとって非常に厳しい状況を生み出しています。
認知症になると不動産も売れない

凍結されるのは預金だけではありません。
不動産も同じです。
不動産売買では、契約時に本人の意思能力があることが前提になります。
認知症と判断された場合、その意思能力がないとみなされ、売買契約そのものが成立しません。
「介護費用のために売りたい」
「息子が代理で売る」
理由がどれだけ正しくても、本人の意思確認ができなければアウトです。
住んでいる家か、空き家かは関係ありません。預金と不動産が同時に止まる。
これが、多くの家庭が直面する現実です。
【事例】介護費用が払えない家族の実例
ある家庭では、父親が入院したことをきっかけに、認知症の症状が一気に進行しました。
退院後は介護が必要となり、施設入居を検討。
入居時に必要な費用は約500万円でした。
父親には十分な預金があり、本来であれば問題なく支払える金額です。
ところが、認知症が発覚した時点で預金は下ろせず、実家も売却できません。
不動産会社に相談しても、「本人の意思確認ができないため売却不可」と告げられました。
結局、子どもたちが資金を出し合って立て替えることになりました。
相続すればいずれ戻ってくると分かっていても、今この瞬間に支払えないことが、家族を追い詰めます。
成年後見制度とは|認知症でも資産を動かす方法

認知症になった後でも、資産を動かす手段が一切ないわけではありません。
それが成年後見制度です。
成年後見人は、本人に代わって財産管理や契約行為を行うため、預金の管理や、不動産の売却も条件付きで可能になります。
ただし、すべての判断基準は一貫しています。それは、「本人の利益になるかどうか」です。家族の都合や相続人の事情は、原則として考慮されません。
成年後見制度の現実的なデメリット
成年後見制度には、知っておくべきデメリットがあります。
まず、家族が必ず後見人になれるとは限りません。
裁判所が適切でないと判断すれば、弁護士や司法書士などの専門職後見人が選任されるため、月2〜6万円程度の報酬が、亡くなるまで継続して発生します。
一度始めると、原則として途中でやめることはできません。
成年後見で不動産を売る場合のハードル
成年後見人がついても、不動産を自由に売れるわけではありません。
家庭裁判所の許可が必要で、売却理由や価格、売却相手まで厳しくチェックされます。
申立から許可までに1〜3か月かかることも珍しくなく、場合によっては「売却不可」と判断されることもあります。
成年後見が入ると相続対策が止まりやすい理由
成年後見制度は、あくまで「財産を守る制度」です。
そのため、生前贈与や節税目的の資産移動は原則として認められません。
資産を減らす行為が制限されるため、資産が多い人ほど不利になるケースもあります。
家族信託という選択肢|認知症になる前の備え

認知症になる前であれば、家族信託という選択肢があります。
元気なうちに、「将来判断できなくなったら、この人に任せる」と決めておく仕組みで、成年後見と違い、家族が主体的に管理や判断を行えます。
ただし、判断能力があるうちにしか使えない制度です。
家族信託の費用と考え方
家族信託の初期費用は、一般的に30〜100万円程度です。
司法書士への依頼や、公正証書作成費用などが含まれます。
決して安くはありませんが、後から成年後見制度を長期間使うことを考えると、結果的に負担が軽くなるケースもあります。
おわりに
認知症は、ある日突然やってきます。
しかも、その時に困るのは、認知症になった本人よりも、周りの家族であることが少なくありません。
「何から手をつければいいんだろう」
「まだ先の話だけど、少し気になる」
もし今、そんな引っかかりがあるなら、それは行動のサインかもしれません。
大げさな準備をする必要はありません。
まずは、どこにお金があるのか、実家をどう考えているのか、そんな些細な確認からでも十分です。
誰かに相談することで、思っていたよりも早く、霧が晴れることもあります。
不安が小さいうちに動けるかどうかで、その後の負担は大きく変わってきます。
